くあ、と誤魔化すように吐き出した欠伸を隣の彼は見逃さなかったらしい。色素の抜けた慣れない瞳はするりと滑るように僕を見て、ニヤリと細い光を帯びた。連想されるのは狐や猫といったずる賢い動物。それらと良く似た瞳で、彼は僕を映す。
「寝てないんですか?」
「いやぁ、そんな事は無いんだけどねぇ…あー、でも最近堂島さん厳しいからなぁ、どうだろうねぇ」
へらりくらりと笑ってはぐらかそうとしても、ふぅん、のあとに続いたのは無言の圧力。年下の癖に、こういうの技術を持ってると言うのが気に食わない。顔なんかは全然似てないのに、静かなプレッシャーの掛け方とかは堂島さんにそっくり。正直、苦手だ。僕は二度目の欠伸を今度こそ飲みこんで、ソファーに腰掛けたまま指先をじりじりと遊ばせた。
そもそも僕が堂島さんの家に来たのだって作れ作れと急かされていた書類を仕上げたからであって、別に彼に会いに来た訳じゃない。なのに今日に限って堂島さんは奈々子ちゃんと出かけていると言うし(早めに帰れたので二人でデート、だってさ。行先は勿論ジュネスだ)これはとんだ無駄足だった。じゃあこれ、堂島さんに宜しく。と駆け足回れ右した僕の手を掴んでまぁまぁいいじゃないですか、家の中で待ってたらいいですよ。なんて提案したのも彼。無言の押し問答は苦手だ。
「……なんなの」
先に耐え切れなくなったのは僕の方だった。静かなボリュームで明日の天気予報が流れているけど、そんなもんに気を取られるような彼じゃない。僕が問い返した事に満足したのか「ふ、」と憎たらしい顔で笑って(これがまた綺麗で似合っているのだから腹立たしい)何も言わず、ようやく視線をテレビへと戻した。
三度目の欠伸は噛み殺す。目のふちに溜まった涙がちりちりと僅かな痛みを伴ってどこかへ消えていった。耳には申し訳程度のアナウンサーの声。横には、慣れない温もり。
(…慣れないねぇ、全く)
次第に思考に薄い靄が掛かり始める。音が遠く、ここはどこか、夢か、そもそも起きているのかという判別すら滲んで溶けた。そうしていると急に温もりが近付いた気がしてビクリとするも、やっぱりそれすらどうでも良くなって、でもそれはきっと不快ではないからで。
あぁ、瞼の裏は真っ暗だ。
(でも、何故だろうね)
(少しだけ、心地良いよ)
(……下らない、や)
よほど疲れが溜まってのか、音も無く眠ってしまった足立さんの髪をさらりと撫でた。起きている間はさせてくれる訳も無い行為を、何度も何度も繰り返す。例えるなら、初めて恋を知ったような感覚。眩暈を引き起こしそうだった。
「……足立さん」
膝上にがっくりと落ちてきた寝顔は、いつも見る表情のどれよりも人形のように無機質で、僕はただこの人が幸せになればいいのに、と願った。
「良い、夢を」
あなたの生きる世界は、目を背けなければいつだって美しく、優しい。
欠伸一つなど容易く受け入れるくらいには。
だから次、目が覚めた時、少しでもあなたが笑えるますように。
強く強く、願う。
(何故なら、僕は、あなたを、)
―――――――
足立さんが幸せになれる話を、と思って書いたけど特に幸せにもなれていない足立さん。
足立さんはいつでも本音が緩まって頭の隅っこじゃ素直になるんだけど、どこかで少しでもそんな自分を小馬鹿にしないとどうにかなっちゃいそうなイメージ。
後この番長は二週目って言う裏設定付き。
ばかっぷるには程遠いね。
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