(あ、)
少し先から歩いてくる人影に気付き、思わず漏れかけた声。それをどうにか堪えながら、視線は「彼」から動かない。顔までは確認できない距離にも関わらず、脳味噌がピコンピコンと淡い警報を鳴らしている。これはこれは。
僅かに息を飲む。一瞬止まりかけてしまった足をどうにか前へ前へと歩ませながら、僕は先ほどの警報が正しかった事を知った。色素の薄い髪は夕暮れに赤く染められ、感情を削いだような鋭い目には何も映していない。人を、周りにあるなにもかもを拒否しているようだった。
「彼」は。
「…やぁ、今、帰り?」
擦れ違うと思った矢先。体はごく自然に彼の前に動き、更に自然に声を掛けていた。「彼」は両耳に刺したイヤホンから音楽を聞いているらしい。怪訝そうな顔でこちらを見つめながら(その目は相変わらずただ僕を見ているだけだった)仕方なさそうに音楽を止めた。
「……刑事さん、何の用ですか」
「いやぁ、たまたま見かけたからねぇ。結構遅い時間に帰るんだなぁって…学校で部活でもやってるの?」
「…やってないです。ただ、委員会の仕事で」
遅くなったんです。そう続けた声は擦れていて、僕に端から伝える気など無いようだった。色素の薄い髪が近い。ちらちら、風に舞っている。その目も、髪も、なにもかも。
全く同じ「彼女」を、僕は知っている。
「あっはは…帰り、家まで送って帰ってあげようか?」
「…大丈夫です。家、近いんで」
「でもホラ、物騒だ」
言いかけた言葉は最後まで続かなかった。目の前で、髪と同じ色素の薄い目が憎しみに歪んでいる。静かな、無言の、絶対なまでの拒否がそこにあった。
そして僕はこの目も知っている。
拒否した時に歪む瞳。その奥にちらつく火。拒否。それでも僕を見る、目。
(僕はあの子をたまたま選んだのか、それとも)
(…もしかして、この目に)
(生田目を、この目にどんなふうに映したんだろうって、そう思って)
(僅かな嫉妬を覚えたのか)
(それとも)
(…それとも)
(………だからテレビに入れたのだとしたら、僕はホントに)
NGな言葉だと分かっていた。物騒など彼が一番身をもって知っている。身近な人の死。それは今、彼の人生に大きく関わって離れないだろう。染みついてしまっているのだ。彼女の死は。
それでも僕は、敢えてその言葉を口にしたのだろう。
(僕はまた、きっとこの目を見たかった)
「……大丈夫です。帰れますから」
断定的な物言いで彼は僕の横を通り過ぎる。その際、僅かに耳に届いた音楽。彼はもう振り向かない。音楽を両耳に詰め込んで、何も聞かず、そして自ら何も見ない。
絶対的な、否定。
「……悪くないなぁ…」
小さくなっていく人影が夕暮れの赤から闇色に溶けて行くのをぼんやりと眺めながら、自然と一人呟く。
前は間違えてしまった。思わず小さなきっかけ、まるで小石みたいな疑問と嫉妬でテレビに入れてしまった。
だけど今回は間違えない。大丈夫だ。今日は何一つ間違えなかった。
(彼は僕を見なかったし、それに)
僕はその目が見たかったのだから。
―――――――
っていう足尚が読みたくってですね。
妄想が止まらなかった訳です(小学生並みな言い訳)
PR